2021/04/24
実録・読み物

本当にショックを受けると、まるでドラマみたいに 足の力が抜けて立てなくなるんだ。【恋愛ノンフィクションコンテスト受賞作】

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NOVIOは3月2日〜23日、WEB小説サイト・カクヨムにて「男性視点の恋愛ノンフィクションコンテスト 〜恋活・婚活体験談募集〜」を開催しました。

今回は、その中から優秀賞「本当にショックを受けると、まるでドラマみたいに足の力が抜けて立てなくなるんだ。(作・輝井永澄)」を掲載します。

作品概要

これは失恋の話じゃなくて、敗北の話。 / 輝井永澄


ショックのあまり、足に力が入らなくなって立てなくなる……
そんな経験ありますか?
僕はあります。


カクヨムレビュー

★★★ Excellent!!!

主人公、君が一番の勝ち組だ!  トロ

まさに昼ドラを見てるような、人間関係のギスギス感。結局は物事に対し、真剣に考え、冷静に取り組み、本筋で上を目指す主人公がかっこよかったです

★★★ Excellent!!!

書くネタがないなら劇団を作ればいい  ells

某有名劇作家の言葉なのだが、実に的を射ている。
なぜなら、自分も劇団にいたことがあるからだ。
劇団で必ずと言ってもいい程、この問題は起きる。
うちでも起きた。

そのくらいのリアリティがあり、面白い。

経験者だからこそ、苦い経験が再現されているのが
痛いほど伝わる。


優秀賞受賞:本当にショックを受けると、まるでドラマみたいに足の力が抜けて立てなくなるんだ。



 その日、彼女が車から降りて来たのを見たときに、僕はそうなった。

 まるでドラマかなにかみたいに、足の力が抜けて立てなくなったんだ。



 * * *



 趣味でも仕事でもない何かに、共に打ち込む男女が仲良くなるというのは、必然的なことだと思う。僕とA美がそうだった。地方の小さな劇団に所属する20代の男女が付き合い始めるなんて、特に珍しくもない話だ。




「キミのことは全然好みじゃないんだけど」




 同い年だけど劇団では先輩にあたるA美は、きっぱりとそう言う。そんな性格も僕は好きだった。実力も華もあり、小柄なのに舞台の上ではとびきりセクシーな彼女。




「それじゃどんな人が好みなの?」



「う~ん……大人しくて、穏やかな人かな」




 ――それは確かに、僕とは正反対だ。




「でも、キミのそのポジティブなところとかは凄く好きだよ」




 一応、僕は当時、その劇団でも主役格だった。だから彼女は、好みでもない僕と付き合っていたのかもしれない。実際、僕らはいいコンビで、舞台の上では息もあっていたし、劇団の運営についていろいろ相談する仲でもあった。健康な男女が恋仲になるには充分な条件だったろうと思う。



 平日は仕事、休日は劇団。遊ぶところもない田舎で、金もない日々の暮らし。そんな生活の合間を縫って、僕の軽自動車で僕らは出かけ、そして身体を重ねていた。それしかすることがなかったから。



 * * *



「A美ちゃんはあんまり好みじゃない」




 K男が最初、そう言っていたのを僕はしっかりと記憶している。



 彼は元々、空手道場での後輩で、僕の紹介で劇団に入った男だった。僕とA美と同い年だけど年上の奥さんがいて、最近子どもが生まれたらしい。



 そんなK男が、僕とA美の仲をやたらと気にしだしたのは、いつ頃からだっただろう?




「やっぱ好きなんじゃないの? A美ちゃんのこと」




 体裁上、僕とA美はその関係を秘密にしていたのだけど、K男はそんな風にしてやたらと僕らの仲に口を出し始めていた。




「まあ、俺はないけどなぁ、あの子は」




 ――今ならわかる。こういうことを言ってるやつが一番危ないっていうことが。



 それから少ししたあと、A美はK男と食事に行って来る、と僕に報告してきた。同じ劇団仲間でもあるし、止めるのも変なので放っておいた。




 そのすぐあと――僕は突然、A美に振られた。



 * * *



「やっぱりあんまり好きじゃないから」




 それがA美から告げられた別れの理由。納得しろって言う方に無理がある。




「よしわかった! それじゃ元のままの友だちに戻るんだね。これからもよろしくね!」




 その時の僕にとって、それは精一杯の強がりではあったし、彼女が好きだと言ってくれた僕の姿であるつもりだったんだ。



 我ながら、見苦しかったと思う。実際、すぐには諦めきれなかった僕はその後も、なにかとA美に近づき、あわよくば寄りを戻そうと思っていた。そんな僕の行動を、彼女が迷惑がって困惑しているのはわかっていた。でも、他にどうすることもできなかったのだ。



 だからA美がそのあと、やたらと劇団内で僕のことを貶め始めたのも、仕方ないと思っていた。



 元々、舞台の上では彼女の方が先輩だ。



 だから、技術的な話や、舞台に臨むスタンスをいろいろ言われるのはわかる。しかし、彼女は次第に、僕のプライベートや人間性までも攻撃の対象にし始めた。



 でもその時、僕はとにかく彼女に嫌われたくないっていう一心だったから、それを攻撃だと思わなかった。むしろきっぱりとした彼女が親愛を見せてくれたのだとさえ考えていた。



 だから、劇団の座長が僕に、「あれ、なんなの?」と言ってきたときも、笑ってごまかしたのだ。なにしろ、彼女との仲は劇団内では秘密にしていたから。



 座長は首を傾げながら言う。




「まあ、K男のことは育てるつもりだし、フォローしてやって欲しいんだけど……」




 K男は劇団内では新顔である。ただ、体格がよかったこともあって、最近は主役格に抜擢することもあった。そのせいか、最近はA美の側に立って僕のことをやたらと攻撃する側にまわっていたのだ。



 いつの間にか、劇団内には派閥が出来ていた。



 A美とK男の一派と、俺、そしてそれ以外。



 ギスギスとした雰囲気に若いメンバーは当惑していたし、なによりも既婚者であるはずのK男と、A美の醸し出す嫌な雰囲気に皆、キナ臭さを感じていたのだ。



 だけど、舞台は舞台。



 僕たちはそれなりに真剣に取り組んでいた。



 なにより、K男は僕の後輩で、僕が紹介したメンバーだ。



 そしてA美は看板女優。



 僕はリーダー格として、劇団を引っ張る立場。



 みんな大人だし、真剣に舞台に取り組んでいる仲間だ。



 K男は既婚者で、子どももいる。



 あのきっぱりとした性格のA美が。



 組手でも、舞台の上でも、実力では僕に敵わない、K男と。



 少し前まで、僕と付き合っていた、



 僕のことを好きだと言ってくれた、A美が――









 K男の車から、降りて来た。









 ある日の稽古でのことだ。



 稽古場の入り口でそれを見た僕は、コンクリートの階段に座り込んだ。




 足に力が入らなかった。



 曲がりなりにも、役者の端くれだ。



 ドラマなんかでよく見かけるそういう演出や、そういう演技――そういうのは、いわゆる大げさな演出なのだと思っていた。



 でも、本当にショックなことに遭遇すると、人間って本当にこうなるんだ――僕は稽古場の前に座り込んで、そんなことを考えていた。




 そう言えば、彼女が昔言っていた。




「K男さんとか、大人しくて穏やかで優しくて、モテそうだよね。キミと違って」




 冗談じゃない。劇団内の女に手を出す子持ちの既婚者なんて、優しいどころかただのケダモノじゃないか――



 A美とK男が僕に気が付き、声をかけてきた。




「一緒にご飯行ってたんだ。それだけだよ」




 その時の僕は、それでもその言葉を信じたかった。



 * * *



 2018年、東京。



 座長と僕は、品川のマクドナルドでコーヒーを飲んでいた。




「新作読んだよ。面白かった!」



「あざっす。座長も今度、台湾公演でしたっけ? すごいっすね」



「いやぁ、ここまで来たなぁ、って感じだよね」




 僕よりも10年ほど年長の彼は、今やその実力を認められて有名な劇団に呼ばれ、海外公演や商業舞台の制作にも携わる売れっ子だ。



 その彼から、僕が劇団を辞めてから後のことを聞いた。



 A美が妊娠したことで不倫が発覚したK男は、奥さんと別れてA美と結婚したらしい。



 A美は結婚を祝福してもらえると思っていたらしいから、今となってはなぜそんな女にあんなに入れ込んでいたのかと思う。仲間に祝福される幸せな結婚が夢だった彼女はその夢が潰え、二人そろって劇団をクビになり、稼ぎの悪いK男と喧嘩しながら子供を育てているらしいとは、別の旧友からの情報だ。




 僕にとっては、あの事件のあとはただ地獄だった。



 雰囲気の悪い劇団の中で、僕に背を向ける主演女優と、調子に乗る後輩の男優を引っ張り、リーダーとして舞台に立たなくてはならなかったのだ。



 座長にもかなり怒られた。そもそもの発端は僕でもあるので、それは仕方ない。



 断っておくけど、劇団を辞めたのはそれが原因というわけじゃなく、表現者として東京でステップアップを目指すためだった。とはいえ――きっかけにはなったんじゃないかと言われると否定はし切れない。




「……なんていうか、随分と差が付いたよなぁ、あいつらと」




 座長が言った。



 どちらの人生が上とか、下とか、優劣を競うのはくだらないことだとは思う。だけど、誰よりもプロ意識を持って舞台に取り組み、あの時の二人に呆れ返り激怒していた座長が、ついそう口に出す気持ちはわかる。



 復讐のために努力をしていたつもりもない。第一、東京に来てからはA美やK男のことなんて忘れていた。





 それでも――僕のことを見たA美とK男が、足の力が抜けて立てなくなってくれるなんてことはいつか、あるだろうか?




 まだ結婚もしてない僕が、彼女たちに勝ったとも思っていない。まあ、「穏やかで優しい男の人が好き」とか言う女だけは絶対にごめんだけどね。



<編集部より選評>

「キミのことは全然好みじゃないんだけど」とハッキリ言う彼女。

“僕”が夢中になるには十分にヒロイン的なA美との別れは、よくある話かもしれない、しかしとても悲痛な失恋で、胸をつかまれるような切なさを感じました。

劇団内だからこそのごく自然な恋愛のはじまり、その後の人間関係のひりつきも相まって、同じコミュニティ内で恋愛をしたことのある人にとっては共感性の高い作品だと思い、優秀賞に選定させていただきました。

カクヨム
https://kakuyomu.jp/

男性視点の恋愛ノンフィクションコンテスト 〜恋活・婚活体験談募集〜
https://kakuyomu.jp/user_events/16816452218889540575
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